てっても ふっても

絵と本と珈琲が好きなポンコツかあちゃん。娘ウメちゃん 息子おもち とのプカプカな毎日 その考察。

友達

車の中で、ウメちゃんをきつく叱った。

ああ、またやってしまったよ。

車の中って密室で周りに音が聞こえないから、感情的になりがちなんだ。

こどもにしてみれば逃げられない場所で追い詰められて、さぞ辛かろう。

久々にやった。反省だ。


ウメちゃんの、無邪気な、何気ないひとことにやりきれない気持ちになった。

それが何故なのかをとうとうと語ってしまった。

ウメちゃんがしょんぼりとした顔できいてくれるから図にのって。

長々話しながら着地点を探すスタイル。
怒りの感情の発散も兼ねてるやつね。

わたしもこどものころよくやられてたね。

だからわかるの。

こんなん、伝わらんわ。
言ってる側の 自己満足。

ああーあ。
ごめんねウメちゃん。
こんなとこで謝っても意味無いって。
本人にも直接謝ったけどさ。


「想像力が大事なんだよ。」

そんなことをね、伝えたかった。

「言われた人の気持ちを考えて言葉を使おうよ。」

そんなこと。


なんのことはない。
自分自身に言っていた。



人間関係で大事なのは想像力だと父親がよく言っていた。

その通りだと思う。
大切なことを教えてもらって 感謝してる。

ただ、私はいきすぎて
自分の中で不毛に感情をこねくりまわしがちだ。

それは時に
目の前の相手を信頼してないってことになっちゃうのかもしれない。

わかってなかったな。そのことを。



○○(私)のものの言い方は柔和だけど偉そうに聞こえる、と指摘してくれた男友達がいた。
20歳のときだ。
そんなつもりなかったからとてもショックだったけど、話をきいていたらああそうかと素直に思えた。


そんな彼は、確かに「偉そう」な人にならないように意識して努めていたように思う。わざと道化役をかっているところがあった。彼の美学のように感じた。

そして、人に対して違和感や疑問を感じたら、ひたすらに「なんで?」と本人に問う子だった。

私のように、勝手に色々分析してジャッジしないで、ちゃんと本人と対話して理解しようとした。

彼の、相手を責める意図の全く含まない、ピュアな「なんで?」は素敵だった。

そんな彼だったから、件の耳の痛い指摘も、素直に聞けたのだ。

ちゃんと私のことを信頼してまっすぐ向かってくれているのがわかったから。

自分は自分の意見をいうが、それを相手がどう解釈しても相手の自由だ、という彼のスタンスは清々しかった。



帰国子女だった彼。
私には分かりえない葛藤もあるようだった。
変わり者といえば変わり者だった。
私もだったから、気があった。(と、少なくとも私は思ってた。)
裏表あるけど、裏も常に丸出しだから結局裏表ない、みたいな彼のことが好きだったな。

いまはもう連絡すらとっていないけど、あのときの彼のように人と関わりたいと、今でも思う。


いや、思って「いた」。


いつのまにか、すっかり忘れていたなあ。
気遣い上手とか空気読めるとかよりもっと源の、大切なこと。

もういっかい思い出そうと思う。

よし。


彼とまたあって話してみたい。
イマドンナコト カンガエテル?

もしかしたらもう会うことがないかもしれない。
けど、わたしにとって彼は今でも、これからも、友達だ。

大学生のときにも私はブログを書いていて、「たまにサムイヨ」と突っ込まれたっけ…
あはは。


友達。